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理想とバランス。

測るの物語 -第8回-

リノベーションは自由である。たとえば『ルンバを買うのでルンバの基地をつくりたい』といった要望を叶えることもできるし、『どうしても海を見ながら筋トレをしたいので、海の見える窓辺に懸垂バーを取り付けたい』といった、極めて個人的な願望を満たすこともできる。インテリックス空間設計の多田あずさはそういったオーナーの要望を一手に引き受け、条件を整理して設計士との橋渡し役を担う。いわばリノベーションの総合プロデューサーだ。 その日も彼女のもとに、新しい依頼主がおとずれた。約31㎡の中古マンションをフルリノベーションし、部屋のなかで『エアリアルヨガ』をしたいと希望するシングル女性。エアリアルヨガとは、ニューヨーク発祥の新しいヨガのスタイル。ハンモックのような布に身体を預けた状態でヨガを行うことで骨や関節に負担をかけず体幹が鍛えられ、独特の浮遊感を楽しめるという。それは、かつて300件以上のリノベーションマンションを設計した彼女にとっても初めての試み。当然そこで、「やったことがないから、できません」という回答はありえない。なぜなら、お客様の夢に寄り添うこともまた彼女の使命だから。 実現には困難が伴った。ヨガ用の布を吊る金具は、天井の躯体に打ち込むのがベストだが、管理会社からは「共用部のため不可」の返事。そのため、アーチ状の門型を職人による手仕事で造作。しかし、それを設置するためには柱部分を支える壁面が必要なため、プランニングに頭を悩ませることになった。空間のプロポーションや生活動線を損なわずに、どこにそれを据えればよいのか。オーナーと設計士を交え、幾度となく議論を重ねた。担当の設計士も女性だったため、熱の入った打合せは次第に和気あいあいとした女子会と化し、最後は毎回茶飲み話に花を咲かせる楽しいものになったという。 「ケガの功名じゃないですけど、他に方法がなく造作した木製のアーチがナチュラルな雰囲気を演出して、とても個性的な空間になりました」と笑う多田。思いもよらないことが起こるのも、リノベーションの醍醐味なのだ。「どんな生活を叶えたいのか─その気持ちを測ってお返しするのが私の仕事。柔軟な発想で夢と現実のバランスを調整しながら、できるだけ理想に近づけていきたいですね!」。どうやら、リノベもヨガも柔軟さとバランス感覚が大切なようだ。

Illustlation : Toshimasa Yasumitsu